宮尾登美子の小説「櫂(かい)」を紹介します。
「櫂」は、土佐生まれの女性・喜和の人生を、大正・昭和初期の高知の下町の暮らしや花街の文化をとおして描いた物語です。
宮尾登美子は、大河ドラマ「篤姫」の原作「天璋院篤姫」の著者として有名な小説家で、1973年に本作で太宰治賞を受賞し、小説家としてのスタートを切っています。
ドラマ再放送情報
2025年2月12日~毎週水曜日 19:00-20:29 全3回 NHKBS
「櫂」あらすじ
1972年出版。大正~昭和初期の高知を舞台とした著者の自伝的物語です。(主人公・喜和の娘のモデルが著者)
ドラマ 1話 奔馬
土佐の少女・小笠原喜和は、神社の祭りの宮相撲で活躍していた博打打ちの青年・富田岩伍に一目惚れし、熱烈にアプローチをして結婚に至ります。
喜和は、気が利かないながらも堅気ではない商売を営む夫を支え、男の子を産みます。金銭的には不安定な日々でしたが、幸せを感じながら暮らしていました。
しかし、結婚から数年後、岩伍は大料亭・陽暉楼の旦那や、紹介業を営む大貞の影響を受け、遊郭に芸妓を紹介する「口入れ屋」の商売に手を出すことになります。
1921年、岩伍と喜和は緑町に引っ越し、「富田屋」を開業。使用人を雇い、喜和は女将として商売を支えることになります。
極貧の家の子や身寄りのない子を引き取り、一人前になるまで世話をするのも仕事の一部で、喜和はこの商売に反対しますが、岩伍はまったく耳を貸しません。
時が経つ中で、岩伍が人気の娘義太夫を囲っているという噂が、喜和の耳に入ります。
ドラマ 2話 修羅
巴吉太夫を一目見ようと劇場を訪れた喜和は、その美しさと溢れる才能に圧倒され、自分には到底かなわない相手であることを痛感します。
絶望の淵に立たされた喜和にさらに追い打ちをかけたのが、巴吉の妊娠です。
その頃、喜和の長男が肺病にかかります。岩伍はけじめをつける決心をし、巴吉とは別れ、巴吉が産んだ子(綾子)を引き取ります。
喜和は子を受け入れられず、赤子の世話は乳母に任せていましたが、部屋から聞こえる赤子の泣き声に心を動かされ、自然と綾子の様子が気になるようになっていきます。
ある夜、乳母が乳をやりながら眠り込んでしまいますが、綾子の泣き声の弱弱しさに気づいた喜和の機転で、綾子は一命を取り留めます。
この出来事をきっかけに、喜和は綾子を世話するようになり、娘を育てる楽しさを感じるようになります。一方綾子も夫より喜和に心を開き、なついていきます。
ドラマ 3話 自立
成長して小学校に上がった綾子は、同年代の仕込みの少女たちと、姉妹のように共同生活を送ります・・・
感想
ストーリーの面白さに加え、文体が美しく描き方が秀逸
喜和ははじめは、愛人の子を育てることに拒否反応を示していたが、娘は喜和に懐き、喜和も女の子を育てる楽しさを見出し、手放せないほどになるという展開で、その意外な展開がとても面白かったです。
一方で、当時はどうしようも出来ない、男性優位の暮らしの歯がゆさも感じさせられました。
また、ストーリーの面白さに加え、かつての高知の下町の文化が独特な言葉で色濃く綴られているのも魅力的です。特に、愛人の巴吉太夫をはじめて見た時の喜和の心情の描き方が秀逸で印象的でした。
特殊な世界の様子が分かる
”義太夫”とうい文化は、この本で初めて詳しく知りました。これは浄瑠璃の一種で、当時、「娘義太夫」は現代でいう会いに行けるアイドルのようなものとして人気を博していました。
また、花街や遊郭や女衒という特殊な世界の有り様が分かります。親がどういう理由で子供を手放すのかなど。
喜和は女性を売る仕事は辞めて欲しいと考えているが、夫の岩伍は人助け的に意義のある仕事だと捉えていて、そこに後々すれ違いと亀裂が生じます。
(岩伍は人助けとは言いながらも、身を売ることを軽くみているように思え、そこに男女の断絶があるように感じました)
時代の違いに驚き
当時はもちろん家電のような便利なものはなく、すべての家事に人の手が必要であったり、また貧乏のレベルも現代とは全く異なり、食べる物にも事欠く人も多く、男衆や女中として出自不明の流れ者を雇っているなど、わずか100年でこんなに生活が変わるんだと思いました。
また、調べないと理解できない文章や単語が登場し(たとえば衣替えの場面で出て来た”帷子(かたびら)”という単語が、着物関係の言葉だとは分かっても意味までははっきりとは知らない)、今使わなくなった言葉は、こうして文章として残されていなかったら忘れられてしまうのか、などと思いました。
著者は高知出身で、この小説は自伝的物語でもありますが(喜和は著者の母親、娘の綾子が著者本人がモデル)、一部創作も混じっているそうです。
↓ エッセイ「生きてゆく力」には、作者の幼少期のエピソードが書かれているので、併せて読むと面白いです。
「櫂」の動画を見るには
「櫂」は1999年にNHKでドラマ化されていて、主演が松たか子、夫役が仲村トオル、娘が井上真央(子役時代)、他にも加賀まりこら豪華な面々が登場します。
物語の世界を映像でも見たいと思って動画配信を探しましたが、この1999年版は取り扱いがないようです。視聴したい場合は、DVDを購入するか、宅配レンタルするかになります。