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ヘッセ「車輪の下」あらすじ・結末・感想|大人こそ読んで欲しいドイツ文学の名作

ドイツの詩人・ヘッセ作の名作「車輪の下」のあらすじをネタバレで、短めに結末までまとめ、また感想も書きました。

「車輪の下」は、主人公の少年ハンスが周囲の勧めで進学した神学校での生活に躓いて悩む話です。若者へのおすすめ本のイメージがありますが、内容的にはむしろ大人こそ読んで欲しい本だと思いました。

 

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あらすじ

1. 勉強漬けの日々

南ドイツのシュヴァルツヴァルトの町の商店の家に生まれた少年・ハンス・ギーベンラートは、飛びぬけた秀才として周囲から特別視される存在だった。

当時、優秀だが裕福でない家の子は、国費で勉強できる神学校に入って将来は牧師か教師になるのが決まった道で、ハンスも神学校を目指し勉強浸けの日々を送った。(その間遊びは一切禁止された)

州の試験で、繊細なハンスはひどく緊張してしまい、"不合格だ"とひどい不安に苛まれたが、2番という優秀な成績での合格を果たした。

 

受験を終えたハンスは、神学校が始まるまで7週間の休みを得た。故郷の町には夏の青空と色鮮やかな花々やキノコなど美しい自然が広がっていた。ハンスは初めの日、朝から川に繰り出し、大好きだった魚釣りや川泳ぎをして自由な時間を満喫した。

しかし翌日には町の牧師から先取りしての勉強を勧められ、さらに校長からの指導も加わり、ハンスは再び勉強ばかりの日々を送った。ハンスはやせて頭痛もして顔色も悪かった。

※当時、神学校への入学年齢は15才位

2. 神学校での生活

9月に入り、ハンスは故郷を離れ、マウルブロン大修道院の神学校での寄宿生活を始めた。

一人での行動を好んだハンスだったが、1・2カ月過ぎた頃、同室の同級生・ハイルナーと親しくなった。ハイルナーは詩を好む勉強に不熱心な生徒だった。ハイルナーが同級生とけんか騒ぎを起こし問題児扱いされ始めた時には、ハンスはいったん彼と距離を置いたが、年明けに起きた同級生の池での事故死を境に、再び交流を持つようになった。

ハイルナーの影響で、優秀だったハンスの成績は悪くなり、当初はハンスに期待をかけていた校長も冷淡な態度になった。ハンスとハイルナーは周りから浮いた存在となり、ハンスは以前の頭痛を再発し、この頃には神経衰弱でめまいを起こすようになっていた。

締め付けの厳しい神学校での生活に嫌気が差していたハイルナーは、ある時ハンスの散歩に同行することを禁じられ脱走騒ぎを起こし、退学処分となった。その後ハンスの憂鬱さは増し体調が悪化し、医者には神経病と診断された。さらに授業中に倒れてしまい、夏休みを迎える直前、ハンスは療養のため学校を去った。

3. 故郷に戻って再出発

故郷に戻ったハンスは数か月静養したがなかなか良くならず、あの世に行こうと考えることもあった。近所の店の親戚の娘・エンマに恋をしたが、一時的に遊ばれただけで苦いものだった。

やがて父親から職人への道を勧められ、昔仲の良かった友人アウグストが機械工見習いになっていた事もあり、ハンスも職人に弟子入りしすることにした。はじめは抵抗があったが、実際に手を動かし物を作る事に関わると、楽しさを感じた。(ただし体力がなく、すぐに疲れた)

ようやく今後への道を見出し始めたように見えたハンスだったが、初任給を貰ったアウグストのおごりで週末飲みに行き、酔って夜フラフラで帰る道すがら、川に落ち息絶え、短い生涯を終えた。

感想や解説

何が言いたかったのか

救いようのない話に思えますが、作者・ヘッセ自身の自伝的物語だという事が分かると、見方が変わると思います。(ヘッセは、ハンスとハイルナー2人を著者の分身として自身の少年時代を表現しています)

少年時代、ヘッセは将来詩人になりたかったのですが、家が代々神父だったため神学校に入学しました。しかしその生活に耐えられず神学校を脱走したという過去があります。神学校をやめた後は、職人や書店店員になり、やがて本のヒットで作家になったという経歴です。

ヘッセにとって、少年時代の受験漬けの日々や神学校時代の縛りの多い生活は、自分が望んで進んだものではなく、周りの期待に応えるために必死にやっていたことなのだと思います。

 

結末は、はじめ読んだ時は事故と解釈しましたが、よく読んでみると酔って前から思っていた道を選んだとも思えます。

後書きにも解説されていますが、ヘッセ自身は、母親やその他周囲の人のおかげで、出直して自分のやりたい道に進めていますが、物語の中のハンスは、早くに母親を亡くし、失敗を「だいじょうぶだよ」と言ってくれるような存在が周りにいなかった結果、このような結末を迎えた、と読めます。

タイトルの "車輪の下" 意味

これは神学校の校長がハンスにかけた言葉の中に出て来る言葉です。校長は、成績が下がっているハンスを心配し、ちゃんと勉強するよう約束してくれと言った上で、「疲れきってしまわないようにすることだね。そうでないと車輪の下じきになるからね」と声をかけています。

車輪の下は、1905年に記された小説ですが、100年以上経った現代でも"同じだな~"と思える要素があると感じます。自分の希望より周囲の期待に応えることを頑張ってしまう子供、そしてやがて自分の人生を生きている気がせず、生きる気力を失っていってしまうこと。勉強に限らずです。

子供の立場側の方は、もしこのような事態に自分が直面した/している場合どうすればいいんだろう‥?と考えてしまうと思いますが、これは大人が子供を大切にしていないのがいけないと思います。(後書きにも同じようなことが書かれていてる。子供をゆがめてしまったのは大人の責任)

そういう点ではこの本は大人の方が読むべき本なのかもしれない。中高生に多く読まれていると思うが、なかなか難しい本だと思う。

その他情報

物語の中に出て来る自然について

物語は悲しい結末ですが、近代ドイツの美しい自然が豊かな言葉で描写されていて、現地に行ってみたいと思わされるのもこの本の良い所です。

「シュヴァルツヴァルト」がドイツ語で"黒い森"の意味ですし、以下の自然の生きものが描写されています。

・魚:ウグイ、ヤナギバエ、コイ、フナ、ハゼ

・木:ボダイ樹、モミ、ハンノキ、ハシバミ、落葉松

・花:ビロウドマウズイカ、ミソハギ、アカバナ属、ジキタリス、エニシダ、ミネズホウ、タネツケバナ、センノウ、サルビア、松虫草、エゾギク、キイチゴ、コケモモ

ヘッセのプロフィール

ヘッセ  Hesse, Hermann
生 1877.7.2 カルブ
没 1962.8.9 モンタニョーラ

ドイツの詩人、小説家。牧師の息子に生れ、神学校に学んだが脱走。機械工を経てテュービンゲンの書店に勤め、詩作に励んだ。レーナウやノバーリスを思わせる詩風であったが、1900年スイスのバーゼルに移ってから小説を書きはじめた。04年『ペーター・カーメンチント』Peter Camenzindで成功を収め、ボーデン湖畔に住み、『車輪の下』Unterm Rad(1906)を書く。インド旅行ののち、12年ベルンに移住。19年以降ルガーノ湖畔のモンタニョーラに定住し、23年スイス国籍を得た。主著に『デミアン』Demian(19)、『荒野の狼』Der Steppenwolf(27)、未来小説『ガラス玉演戯』Das Glasperlenspiel(43)など。46年ノーベル文学賞受賞。

(ブリタニカ国際大百科事典 電子辞書対応小項目版 より引用)

訳者の高橋健二さんは、実際にヘッセを何度も訪ね交流していたそうです。ヘッセの思い出の地を訪ねるドイツの紀行本には当時のエピソードが書かれていて、ヘッセの人となりが分かり面白かったです。高橋さん以外にも、日本のファンが送った手紙に対し丁寧に返事くれ文通を続けてくれたり、ノーベル賞受賞というすごい方なのにお高く留まらない人柄が伝わって来ました。

文庫本

新潮社版は、昭和26年初版で百版以上を重ねています。

 

光文社版は2007年初版で、タイトルは「車輪の下で」となっています。

 

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