源氏物語の簡単なあらすじ【全54帖】光源氏の恋と栄華の物語

2021年6月17日

「源氏物語」のあらすじをわかりやすく短くまとめました。

源氏物語は、オールマイティーな主人公・光源氏の恋愛模様と平安貴族の栄華を描いた物語で、作者は紫式部です。

大まかなあらすじ内容を、どんな話かざっくりネタバレで1巻ごとにまとめ、おすすめの現代語訳の本漫画も紹介しています。

(2024年、紫式部が主人公の大河ドラマ「光る君へ」の放映が決定しました。主演は吉高由里子さん)

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源氏物語の登場人物

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源氏物語の概要

辞書に載っている源氏物語の概要・要約(およそ300字)を転載します。

平安時代中期の物語。紫式部著。ただし、そのすべてが紫式部の筆に成るのではないとする説もある。54帖。寛弘(1004~12)頃成立か。物語は3部に分けてみることができる。

第1部は、容貌、才能などすべてにすぐれた主人公光源氏が、多くの女性と関係を持ちながら、運命に導かれて栄華をきわめる姿を描く。これに対して第2部は苦悩の世界であって、光源氏は最愛の紫の上を失い、栄華は内側から崩壊する。第3部(宇治十帖)は光源氏没後の物語で、不義によって生れた薫大将を主人公として、不安に満ちた暗い世界が展開される。

さまざまな恋愛と運命的な人生のうちに、貴族社会の苦悩を摘出したところに価値があり、現代では世界的な文学として広く迎えられている。

(ブリタニカ国際大百科事典 電子辞書対応小項目版 より引用)

日本人にとっては古文の授業で出て来るのでおなじみのストーリーですね。

いつ書かれたかの成立時期は1004~12年頃(平安時代中期)で、 全54編で構成され、その中に周辺人物を主人公とした物語も含んでいます。

(玉鬘編:10編、源氏没後の物語:3編、源氏の子・薫の物語(宇治十帖):10編)

源氏物語のあらすじ

1. 桐壺|光源氏の誕生

光源氏の母・桐壺更衣は、夫の桐壺帝からの愛を一身に受けていたため、弘徽殿女御ら他の妻たちから嫉妬や嫌がらせを受け、光源氏が3才の時に病で他界してまった。(当時の帝は一夫多妻制で妻が複数いた)

時が経ち光源氏は光り輝くような美男子に成長した。そのことから「光源氏」と呼ばれた。

父・桐壺帝は、後ろ盾のない光源氏が政権争いに巻き込まれないよう、”源氏"の姓を与え、光源氏を皇族から貴族の立場に変更した。

元服した光源氏は左大臣家の娘・葵の上と結婚したが、気位の高い葵の上にあまり親しめなかった。(元服:男子の成人の儀式。12~16才くらい)

一方、桐壺帝が迎えた後妻・藤壺は光源氏の亡き母そっくりで、源氏は藤壺を恋い慕うようになった。

2. 帚木・3.空蝉|中流階級の女

夏の長雨の夜、17才の光源氏は宿直所で仲間と恋愛談義になり、友人の頭中将から、”中流家庭の女がもっとも魅力的だ”という実体験を聞きました。

翌日、光源氏は方違えで泊まった紀伊の守の家の、若い継母・空蝉に迫って一夜を過ごしますが、夫を持つ身の空蝉はそれ以降会ってくれません。

空蝉の弟・小君の手引きで再び寝所に忍び込みますが、空蝉は気配を察知し、蝉の抜け殻のように着物だけ残して部屋を抜け出していました。

光源氏は初めて拒まれる切なさを知ったのでした。

(方違え:陰陽道の風習で、その日泊まる邸の方角が凶の場合に、違う方向の邸に泊まること)

4. 夕顔|恋多き光源氏

この頃、源氏には高貴な年上の恋人・六条御息所がいたが、完璧で気疲れして冷め気味になっていた。

代わりに、乳母の家の隣に暮らす可憐な女に出会い夢中になった。(垣根に夕顔の花が咲いている家だったので夕顔という名で呼ばれた)

しかし源氏が夕顔と逢瀬していた夜、女の生霊が現れ夕顔が呪いころされてしまった。(実は、六条御息所が嫉妬に狂って怨霊となったのだった)

のちに夕顔の侍従の話により、頭の中将が「忘れられない女」と話していたのは夕顔だったことが明らかになる。

(二人の間にできた幼い娘は、後に玉鬘として登場する)

 

5. 若紫|紫の上との出会い

夕顔を失った悲しみで熱病にかかった光源氏は、祈祷のため北山の寺の修験者を訪れ、その帰り道で、藤壺女御そっくりの少女・紫の上を見かけます。

(この頃は祈祷で病気が治癒すると信じられていた/少女は藤壺の兄・兵部卿宮の娘)

冬、尼君(紫の上の祖母)が亡くなったと聞くと、光源氏は紫の上を強引に連れ帰り、自分の邸で育てるようになります。

その一方で光源氏は、藤壺への思いを断ち切れず、藤壺に仕える王命婦の手引きで、体調不良で三条の邸に里帰りしていた藤壺と密通してしまいます。

藤壺は源氏の子を身籠ります。

寺は京都・岩倉の大雲寺がモデルと言われていて、創建した藤原文範は紫式部の曾祖父にあたり、作者も馴染みのある場所だったようです

6. 末摘花|赤い鼻の姫

夕顔のことを忘れられない光源氏は、琴が趣味だという故・常陸宮の姫君の噂を聞き、姫君に文を送り邸に通うようになります。

何回か通ったある日の朝、光源氏は初めて姫の顔を見て、その不美人さに驚くのでした。

7. 紅葉賀|藤壺の苦悩

やがて藤壺は男子を出産し、子は光源氏そっくりだった。しかし桐壺帝は何の疑いを持たず誕生を喜び、子は帝の子として育てられた。(皇子は後に冷泉帝となる)

藤壺は密事がばれないかと苦しみ、光源氏も罪悪感に苛まれた。

8. 花宴|朧月夜の君

光源氏は20才の時、紫宸殿で開催された桜の宴で、すばらしい漢詩や春鶯囀(しゅんおうでん)の舞を披露し、人々の喝采を浴びます。

宴が終わった夜、ほろ酔い状態の源氏は藤壺を想い内裏を歩いていて、弘徽殿の前で「朧月夜に似るものぞなき」と和歌を口ずさむ美しい女の声を耳にします。

源氏は思わず女の袖をとらえ、女は相手が源氏だと分かると受入れ、一夜を過ごし恋人になります。

(後日、女は右大臣家の六女・朧月夜だと判明。源氏の母・桐壺更衣をいじめた弘徽殿女御の、年の離れた妹です)

9. 葵|紫の上と結婚

光源氏が22才の時、正室・葵の上が源氏の子を懐妊しました。

しかし、葵の上が六条御息所に恥をかせる出来事があり(祭り見物の場所取りで、御息所の牛車を退かせた)、葵の上は出産の時に六条御息所の物の怪に呪われ、子・夕霧を産んだあと他界してしまいます。

葵の上と心が通じ始めていた光源氏は悲しみに暮れますが、喪が明けると成長した紫の上と枕を交わし結婚します。

10. 賢木|桐壺帝が崩御

翌年の秋、六条御息所は、源氏のを諦め娘の伊勢行きに同行し都を離れました。

冬には父・桐壺が崩御(他界)し、桐壺の第一皇子・朱雀帝が帝の地位に就き、右大臣家の勢力が強まります。

光源氏はまた藤壺に迫りますが、藤壺は噂が立って春宮(子)の立場を守れなくなることを恐れ、光源氏への思いを断ち切るように出家し尼になってしまいます。

光源氏は、朧月夜が朱雀帝の妻になった後も関係を持ち続けていて、25才頃、とうとう密会が朧月夜の父・右大臣に見つかり、右大臣家の激しい怒りを買います。

11. 花散里|心休まるひと時

光源氏は、かつて父・桐壺にかつて仕えていた麗景殿女御と、その妹・花散里(はなちるさと)が暮らす邸を訪ねた。

橘の木が香る邸で麗景殿女御と語らい、控えめで穏やかな花散里と心休まる一夜を過ごした。

(橘はミカン科の一種)

昔付き合いのあった女で、源氏から心が離れていく者もいたが、この花散里とは長い付き合いが続く関係だった。

 

12. 須磨|隠遁生活

朧月夜との一件で宮廷内での立場が悪化した源氏は、自ら隠遁を決め、三月、紫の上を京に残し、惟光ら家来数人を連れて須磨に渡ります。

海の近くの家に住まう中、紫の上ら付き合いのあった人々からは近況を知らせる文が届き、頭中将は須磨まで訪ねて来てくれたが、淋しい日々を過ごした。

翌年の3月、光源氏は海岸での祓いの儀式の最中に暴風雨に遭ってしまう。

13. 明石|新たに妻をむかえる

暴風雨は止まず、雷で家の一部が焼け、夢に現れた故・桐壺に、この地を去るように告げられた。

翌朝、現地の受領・明石の入道が光源氏を迎えに来たので、源氏たちは明石に移った。入道に娘(明石の君)を勧められた源氏は、妻に迎えます。

そのころ朱雀帝は、夢で故・桐壺帝に睨まれ眼病になり、光源氏への処遇のことで呪われたと思い、源氏を都に呼び戻すことにします。

隠遁生活が2年を過ぎた頃(29才位)、光源氏は、懐妊した明石の君を残して京に戻り、権大納言に昇進します。

14. 澪標|

朱雀帝が退位し冷泉帝(実は藤壺と源氏の子)が即位します。源氏は内大臣に昇進し、明石の君が姫君を出産しました。

都に戻っていた六条御息所が病で他界し、光源氏は六条御息所の娘を託され、養女として引き取ります。

秋、源氏は住吉詣でに来ていて、偶然同じ場に来ていた明石の君は、源氏の一行の盛大さに身分差を感じ、静かに去ってしまう。

明石の君が居たことを後から知った源氏は、「みをつくし‥」と読んだ和歌を姫に贈った。

15. 蓬生|末摘花のその後

京に戻った年の翌年、光源氏は花散里の邸に向かう途中で、寂れ果てた末摘花の邸を見つけた。

末摘花は、生活が窮乏し女房や侍従も去って行き、荒れた屋敷で暮らしていた。

源氏は末摘花が自分を一途に待ち続けていたことに心を打たれ、末摘花の生活を支援した。(のちに空蝉とともに二条院に迎えた)

16. 関屋|空蝉のその後

源氏は石山詣でに行く途中、常陸への赴任から戻って来た空蝉の夫の一行とすれ違った。

源氏が再び空蝉に文を贈ると、空蝉は返事をくれるようになり、源氏は文を贈り続けた。

その後空蝉は夫を亡くし、継子に言い寄られるのが苦痛で出家してしまった。

 

17. 絵合|光源氏、栄華を極める

光源氏は藤壺と協力し、六条御息所の娘を冷泉帝に入内させました。(梅壺女御となる)

帝は先に入内していた弘徽殿女御(元頭の中将の娘)を気に入っていたが、絵が好きな帝は、絵が得意な梅壺女御に心が移って行った。

帝の所に双方から様々な絵が集まるようになり、絵を持ち寄って優劣を競う「絵合わせ」を行うことになった。

「絵合わせ」で最後に出た源氏の須磨の絵日記により、梅壺側が勝利を収め、光源氏は権力を増し栄華を極めます。

18. 松風|明石の姫君

光源は、二条院を改築し、花散里と明石の君を住まわせることにした。

明石の君は、父・入道を明石に残し、尼君(母親)と姫君とともに京には来たものの、曾祖父の所有していた大堰川の別荘に移り住んだ。

姫君はとてもかわいらしく成長していた。

源氏は紫の上に、明石の姫君を養女として引き取る考えを紫の上に相談し、了承された。

19. 薄雲|藤壺の逝去

明石の君は説得に応じ、姫君の将来を考え、姫君の養育を源氏と紫の上に託した。

この頃、藤壺が39才位で亡くなり光源氏は悲しみにくれます。

また冷泉帝が、藤壺が生前世話になっていた僧から、出生の秘密を聞かされてしまいます。

秋、入内していた梅壺女御が里帰りします。源氏は恋心を告げますがスルーされ、話題を季節の話に変えた。梅壺女御は秋が好きだとのことだった。

20. 朝顔|

源氏が10代の頃から心を寄せてた、朝顔の君といういとこが、このころ父(源氏の叔父)を亡くした。

源氏は邸を訪ねたが姫君は会おうともせず、文の返信もくれず、つれない対応だった。

紫の上がそんな光源氏に機嫌を損ねたので、光源氏は弁解しながら、昔付き合いのあった女たちについて語った。

その夜、源氏の夢枕に藤壺が現れ、昼間、自分のことを話題に出したことことについて怒りを露わにした。

21. 乙女|夕霧と雲居雁

光源氏の子・夕霧が元服します。源氏の意向で六位という低い官位からスタートし、学問に勤しんだ。

夕霧は、祖母の家で一緒に育ったいとこ・雲居雁が好きでしたが、父親の内大臣(元頭の中将)は娘を帝に入代させようとしていて、二人の恋路に反対し、雲居雁を自邸に引き取ってしまいました。

光源氏は35才位の頃、六条院を建設しました。

この豪邸は、春夏秋冬をイメージした4つの屋敷で構成されていて、それぞれ光源氏と紫の上、花散里、梅壺女御(六条御息所の娘)、明石の君が住むことになりました。

22~31. 玉鬘10帖

(玉鬘、初音、胡蝶、蛍、常夏、篝火、野分、行幸、藤袴、真木柱)

光源氏がかつて恋した夕顔の娘・玉鬘は、20才になり、乳母の夫の赴任先の福岡から京都に戻っていて、侍女を介して光源氏の邸に暮らすことになった。

美しい玉鬘の元には求婚者が沢山現れ、源氏自身も保護者的立場を取りながらも恋心を抱く。(詳しいあらすじ準備中)

32. 梅枝、33. 藤裏葉|

明石の姫君は東宮(元朱雀帝の子)に入内しました。

雲居雁は20才となり、父親の内大臣(元頭の中将)は、出世した夕霧と結婚させたいと思うようになりますが、一度反対した手前、声をかけられません。そんな中、夕霧に縁談話が来ているということが耳に入ります。

大臣は藤の花の季節に、邸での宴に夕霧を招き、娘との結婚を認めます。二人は晴れて結婚します。

翌年、源氏は40才になり準太政大臣に昇進した。

10月の紅葉が美しい時期、冷泉帝と朱雀院(元朱雀帝)が揃って六条院に行幸し、人々の評判を呼んだ。

ここで源氏物語の第一部は終了です

 

34. 若菜上、35. 若菜下|

39才の光源氏は、元朱雀帝に託され、彼の三女・女三の宮を正室に迎えた。

源氏は、まだ幼い三の宮に物足りなさを感じ、一方で紫の上の苦悩は深いものでした。

ある時、元頭の中将の息子・柏木(夕霧のいとこで友人)が、女三の宮を垣間見て一目惚れしてしまう。柏木は、女三の宮の猫を人づてに借り、側に置き心を紛らわした。

しかしその後柏木は、女三の宮の姉・二の宮を妻に迎えたにも関わらず、三の宮のことを忘れられず、密通して懐妊させてしまう。

36. 柏木|因果応報

光源氏は、女三の宮の部屋にあった柏木からの文を見つけ、密通に気づいてしまう。光源氏は宴席で柏木に嫌味を言い、柏木は恐怖で病に伏す。

女三の宮は男児を出産し、見舞いに来た父・朱雀院に出家を申し出て許される。

柏木は病から回復せず他界してしまった。

女三の宮が出産した子・薫は柏木そっくりで、源氏は「昔の自分の行いへの報いなのか」と苦しんだ。

37. 横笛、38. 鈴虫

夕霧は、柏木の妻・落ち葉の宮から、柏木の形見の横笛を託された。

しかし夢に出て来た柏木から「あなたではない人に渡したい」と言われれ、光源氏に相談に行き、薫に引き継ぐことになった。

39. 夕霧

それまで浮き名のない夕霧でしたが、柏木の妻・落葉の宮の邸に通う内に、落葉の宮に恋心を抱くようになった。

40. 御法、41. 幻、雲隠|光源氏編・結末

光源氏が51才の時、紫の上が病で他界し、源氏は悲しみに打ちひしがれる。

世を儚んだ光源氏は出家を決意します。

(これで源氏が主役の物語はこれで終わり)

 

42.匂宮(匂兵部卿)、43.紅梅、44.竹河、

源氏の死後の世界が描かれています。(あらすじ準備中)

45~宇治十帖(橋姫、椎本、総角、早蕨、宿木、東屋、浮舟、蜻蛉、手習、夢浮橋)

宇治十帖は、光源氏の子・薫と、友人・匂宮との間で起きた三角関係の恋愛模様を描いていて、宇治を舞台にしています。(あらすじ準備中)

 

■源氏物語が評価される理由

単純にあらすじ骨格をまとめると、光源氏のクズ感がすごいのですが、当時の常識は今と違うのでしょうがないですね。

源氏物語の魅力は

・優雅な文章や物語の中に和歌が多く散りばめられていること、雅な文化や知性に溢れていること

・物語のベースに、仏教的価値観や "もののあはれ" が流れている

にあり、そのことから、日本だけでなく世界でも認められる古典文学なのです。

(仏教的価値観 → 栄えている者もいつかは滅びる、万物は移り変わる、的な考え方のことだと思います)

 

源氏物語や光源氏の魅力を現代で分かるように例えたらどういう人や事だろう…?と少し考えてみましたが、頭や家柄も良くて見た目も麗しい超人気のシンガーソングライターで、ダンスも出来て女性に優しくてモテモテ、というような設定でしょうか…

■源氏物語の現代語訳・おすすめ

源氏物語全話を原文を読むのは相当の時間が必要なので、通常は現代語訳を読むことになります。

これまで多くの作家の現代語版が出版されている中から、おすすめの作家を紹介します。読み比べてみるとそれぞれの違い分かり、自分に合った訳本に出会えるかもしれません。

谷崎潤一郎訳

「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」や「細雪(ささめゆき)」などで著名な文豪・谷崎潤一郎の訳は、戦中前後に執筆されたもので、現在も文庫本で販売されています。

レビューには、”文章が美しい”、”与謝野晶子版は割愛があったり自身の歌が入っていて好みではなかったが、谷崎さんのものは原典に近い訳で当時の文化を感じられる、とても良い”など好印象の声が多いです。

円地文子訳

円地文子さん訳の源氏物語は、現在中古本のみの取り扱いです。私が昔読んだのは円地文子さん訳です。

角田光代訳

角田光代さん訳の源氏物語です。2017年刊行、上中下の全3巻です。レビューでは、”軽やかに読める”、”角田さんの新作小説のよう”、”読みやすい”などの声があり、気兼ねせず手に取れそうです。

■源氏物語の漫画・おすすめ

まろ、ん? 大掴源氏物語

源氏物語の一帖が4コマ漫画見開き2ページで描かれていて、光源氏が栗のキャラクター(まろ)で描かれています。(栗→マロン→まろ)

何じゃそれっ?って感じかもしれませんが、すごく分かりやすくて面白いおすすめの本です。

だいたい源氏物語を読んだ感想は「源氏がめちゃモテててすごい人。平安朝って優雅なのね」という感じで、ともすると「異世界だなー」という印象を抱くものですが、

この「大掴源氏物語」は、栗のキャラで源氏の美男子ぶりが弱まっているせいか、内面にクローズアップして、登場人物の心理が端的に分かりやすく書かれていて、光源氏のその時々の心境がしっかりと伝わって来ました。

現代を舞台にした面白いマンガやドラマを見るのと同じような感覚で読み進められました。

平安時代の文化を正しく描くために、作者は時間をかけて制作されたそうで、2002年に発売されから現在は40刷近くに迫るベストセラーとなっています。(どうやら大学受験生へのおすすめ書にもなっているようです)

初心者の方で源氏物語を深く知りたい方は、この本を読むのが良いと思います。

まんがで読む源氏物語

こちらも1冊で源氏物語の大筋を知ることの出来る漫画です。とっつきやすい癖のない絵柄で、小学生のお子さんにも安心して読ませられる描写となっているようです。

薫大将の話は省略されていますが、源氏物語に興味を持った子供向けとしてや、さっと源氏物語の全貌を知りたい方に最適です。

あさきゆめみし

「あさきゆめみし」は 「はいからさんが通る」の著者・大和和紀さんが描いた漫画の源氏物語です。

”難解な文章を理解するために漫画を手に取ったが、とても良かった”、”ビジュアルで見れると分かりやすく理解が進む”という声が多く、本だと敷居が高いという方にもおすすめの一冊です。

■源氏物語の関連本

紫式部日記

源氏物語の作者・紫式部が宮廷生活を記録した回想録です。

人生はあはれなり… 紫式部日記

源氏物語の作者・紫式部の「紫式部日記」をマンガ化した本です。

「紫式部日記」は、主には紫式部が宮廷で宮仕えしていた時の記録なのですが、このマンガでは紫式部の生い立ちや源氏物語を書き始めたきっかけなども書かかれていて、紫式部がどのような人でどういう人生を送ったのかが分かる内容になっています。

イラストがかわいい&面白くて、紫式部の人となりが分かり身近に思えて、女社会での立ち回りは「今も昔も変わらないんだな~」と思える箇所もある、共感できる面白い本でした。オススメです。

■源氏物語の作者・紫式部について

下級貴族出身で、結婚後3年ほどで未亡人となる。趣味で描いていた物語が評判を呼び、文才を見込まれ藤原道長の娘で帝の妻である彰子の家庭教師になる。

道長が「帝が頻繁に娘の所に通うようになり、帝の子が出来れば、自分の権力が高まる」と考え(帝には複数の妻がいた)、紫式部に物語を書くことを勧めた(本でおびき寄せる作戦)。

当時は紙が貴重で手に入りにくい時代だったので、物語を書くには裕福な人(道長)のバックアップが必要だった

 百人一首の紫式部の歌

めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな

↓ 紫式部の略歴が辞書に記載されていたので以下に転記しました。40才位で没してる‥、昔は短命ですね

生)天延1(973)頃 没)長和3(1014)頃

平安時代中期の物語作者。『源氏物語』の作者。漢学者であった藤原為時を父として生れ、母は藤原為信の女で早く亡くなり、父の手で育てられた。長保1(999)年頃年齢の違う藤原宣孝と結婚、後冷泉院の乳母になった大弐三位賢子を産んだが、同3年夫と死別。この寡婦時代に『源氏物語』の執筆を開始したと推定される。寛弘2(1005)年あるいは翌3年の年末、一条天皇の中宮彰子に出仕したが、女房生活にはなじめなかったらしい。その間の事情は「紫式部日記」に詳しい。その点、清少納言とは対照的で、同時代の女流文学者として、和泉式部、赤染衛門らとともに対比されることが多い。40歳余で没したと推定される。家集『紫式部集』があり、伝記資料としても重視される。

引用元:ブリタニカ国際大百科事典 電子辞書対応小項目版

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みずのと

●不朽の名作~最新ものまで色々なドラマや読書を日々楽しんでします ●普段の仕事は会社員で文章を分かりやすくまとめる仕事をしていたことがあります ●東京在住

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