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まーねちゃん ようこのその後は?洋子さん著書「サザエさんの東京物語」の紹介

2021年10月2日

朝ドラ「まーねちゃん」では、末っ子ようこの今後が気になる方も多いと思います。

この記事では、ようこのモデル・長谷川洋子さんについてと、洋子さんの著書「サザエさんの東京物語」の内容を紹介します。(文章を完結にまとめるため敬称略している箇所があります)

「サザエさんの東京物語」は、朝ドラ原作の「サザエさんうちあけ話」とともに読むと深みが増し、内容も面白くおすすめの本です。

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「まーねちゃん」のようこのその後は?

ドラマ「マー姉ちゃん」に登場する3姉妹の末っ子・ようこのモデルは、長谷川町子さんの妹・長谷川洋子さんです。

ドラマ内のようこの性格や遭遇する出来事は基本的に、洋子さんに実際にあった出来事です。(姉2人の勢いに押され大人しい性格だった、菊池寛氏に師事し、文芸春秋社で働いた、病気で長期間療養したなど)

ただし写真屋さんのおじさんに懐いていたエピソードは、町子のエピソードを元にした話で、洋子さんの出来事ではないです。

ドラマ中盤でヨウ子は病気にかかりますが、ドラマ内でも現実でも、無事回復し、戦後再び一家で上京した後結婚し、娘2人をもうけます。

サザエさんが大ヒットし、洋子さんは「サザエさん」を出版する出版社の事務方を担うことになり、小説家にはなりませんでしたが、町子さんと長谷川家のことを描いたエッセイ「サザエさんの東京物語」を80代で出版しています。

「サザエさんの東京物語」概要

「サザエさんの東京物語」には、長谷川家三姉妹とその母の、子供の頃~晩年のエピソードが書かれています。

身内にしか見せない町子の意外な素顔、町子のエッセイ(朝ドラの原作「サザエさんうちあけ話」)では触れられなかった深い話、晩年の姉妹の断絶、遺産相続になどについて読むことが出来ます。

なお、2015年発行の文庫本版の方には、当初の2008年版に加え2章追加され写真もより多いので、文庫本がおすすめです。

ちなみに姉妹の見た目は、町子さんはお母さん似で、毬子さんとは似てなくて、洋子さんは姉二人の間、といった印象です。

長谷川町子さんの素顔

長谷川町子さんは人付き合いが苦手で、めったに表舞台に出ることがなかったのですが、小学生の頃は殴る蹴るの乱闘もいとわないガキ大将だったそうです。

洋子さんにとって、町子姉は「意地悪ですごい甘えん坊な姉」で、洋子さんが幼いのをいいことに洋子さんの菓子代を平気で毎回せしめるなどされたそうです。

町子さん本人も「サザエさんよりいじわるばあさんの方が自分の地のままで書けて気楽だ」と言っていたそうです。(あと、人一倍敏感で、話が面白い人だったそうです)

一家にはもう1人、毬子と町子の間に娘さんがいて、7才の時亡くなっています。なので町子は元々三女で、甘えん坊というのも分かる気がしました。

ガキ大将だった町子ですが、上京して入ったお嬢様学校(山脇学園)に馴染めなかったのを境に内向的になってしまい、外で大人しい分(長女のまり子姉いわく)「人の5人分くらい騒がしい」というくらい家で喜怒哀楽の全てを発散していたそうです。(超内弁慶ということですね)

洋子さんは強い姉たちに気圧され、すっかり大人しい子になってしまったそうです。

串団子の3姉妹

毬子・洋子はそれぞれ結婚したものの、2人とも若いうちに夫を失くし、また家族で出版社を経営していたので、3姉妹はずっと一緒に暮らし続けていました。(洋子が結婚した時は、夫が長谷川家の敷地内に同居していた)

洋子の夫が亡くなった時、2人の娘はまだ学齢前と幼かったので、子供は姉妹皆で育てたような感じだったそうです。

毬子と町子は自分たちがいつも一緒なことを「串団子」と言っていて(だんご三兄弟のようなかんじ)、共に暮らすことで心強く楽しいことも多くあったものの、洋子は意見の強い姉たちに従わざるを得ず苦しい経験もあったようです。

例えば、大学の進路を町子姉の意見で行きたくもない文系に行かされたり、娘の通学についてまり子姉が”姪が誘拐されないか心配”と譲らず、禁止されている車通学を続けさせて、洋子が学校に再三きつく注意されたりなどです。

きょうだいの別れ

洋子が60才間近の頃、家が古くなったので、すぐ近くに新しい家を建てる計画が持ち上がりました。

姉たちは姉妹3人一緒に暮らすつもりでいたのですが(そのころ母は高齢で認知症になり病院にいた)、洋子は、姉たちが先に新居に引っ越したあとに一人で1か月間古い家で過ごす経験をした際、これまでにない自由さを感じて、

考えた末、自分は思い出の多い古い家に残り、姉たちとは別々に暮らすことを決意しました。

新しい家は徒歩10分位の所なので、洋子としては、今まで通り食事をしたり一緒に出かけたりするつもりでいたのですが、姉たちは洋子の独立宣言が許せなかったようで、姉妹の関係に溝ができ関係が断絶してしまいました。

(独立した後、ヨウ子さんは彩古書房という出版社を娘さんとともに設立し、興味のあった児童心理学や育児書の出版を行いました)

その後町子さんは1992年に72才で急死したのですが、その際も、毬子姉が秘書に「洋子にだけは言うな」と口止めしていたため、洋子さんは町子姉の死をすぐに知ることが出来なかったそうです。

その後洋子さんは毬子さんに何度も手紙を出したり、誕生日には花を贈ったりしたもの受け取ってもらえず、毬子さんは2012年に94才で他界し、最後まで和解は実現しなかったそうです。「マー姉ちゃん」を視聴している身としては、あんなに仲の良かった姉妹が‥としんみりします。

遺産のこと

洋子さんは、煩わしい話し合いを避けたかったので、町子の遺産は全て放棄していました。(母が亡くなった時も放棄していた)

町子が亡くなった次の年、洋子の家に税務署が訪ねてきました。町子の遺産額があまりにも莫大な額で、普通放棄する例のないものだったので、「裏で貰っていてるのでは」と疑いがかかっていたそうです。

しかし税務署は事前に洋子さんの財産を調べ、額が少なかったので疑いが薄れ、念のため聞き取りに来たのでした。

洋子さんは、理解されるか分からないと思いながらも、「余生は自分の好きなように暮らしたかった」という心の内を話し、あっさり理解して貰えたそうです。

(ちなみにこの時のやりとりで、洋子さんが「(遺産は)新聞には30億と書かれてましたが」と聞くと、税務署員が「とてもそんな額じゃない、もっと莫大な額だ」と答えたとあるので、きっと100億は下らないですよね、、汗

大ヒット作を持つ大御所の漫画家は他にも多くいると思いますが、長谷川町子さんは出版自体も家族で行っているから、収益も大きいんだろうなと思いました)

町子との思い出

しんみりした話ばかり書いてしまいましたが、面白いエピソードも色々書かれていました。

町子はしょっちゅう物を置き忘れるタチで、空港にバッグを置き忘れて海外に行ってしまったこともあったそうです。

洋子さんが町子とデパートの呉服売り場で待ち合わせた時には、先に来て商品を見ていた町子は、バッグを離れた所に放置したままショッピングに集中してたそうです。

それを見た洋子さんは、バッグを隠して驚かせようと思って、そろりそろりとバッグに忍びよったら、警備員の警戒の視線を感じてあやうく物取り扱いされそうになったというエピソードもありました。

他にも、サザエさんが新聞に連載されていた当時、町子が次回の案を2,3作ってどれにするかを迷った時は、洋子さんに見てもらって一番面白いと言ったものを選ぶことが多かったそうです。

感想

本の感想では、絶縁になった理由がちゃんと書かれていないという意見も見ますが、姉との関係が難しい面があったことは随所から分かり、私は読んで良かったです。

「どこの家庭でも大変なことがあるんだなー」と思えて、変な言い方になりますが癒され、60才目前で自分の人生を行きるために踏み切った洋子さんに感銘を受けました。

「機関車に引かれる貨物列車同様、姉たちの引いたレールの上を走ってきた」「生まれてきた目的とは、自分に与えられた相応の器の中で転んだり、すべったりして生きていくことではないだろうか」という言葉が印象的でした。

(そうはおっしゃってますが、夫が早逝してしまった中、姉たちとともに暮らすことになったのは自然なことと思います)

女性の集団って(本当に人によるのですが)、同調を絶対とする雰囲気がある場合があり、それが過ぎると息苦しいのかなあと思います。(どんな時も味方になってくれる存在の安心感は大きいのですが)

あと”一人の時間を持ってみてすごい自由を感じた”、というも分かる気がします。家族と暮らしていると、良くも悪くも家族に影響される時間がとても多いと思うので。

以上、葛藤的な側面を多く書いてしまいましたが、本には面白く興味深いエピソードも多くあり(毬子さんが女学生時代盲腸になった際、直前に大福6個と菓子パン4つを食べていたという話など)、長谷川町子さん一家の歴史を知ることができおすすめの本です。

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みずのと

●不朽の名作~最新ものまで色々なドラマや読書を日々楽しんでします ●普段の仕事は会社員で文章を分かりやすくまとめる仕事をしていたことがあります ●東京在住

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