日本のドラマ

マー姉ちゃん あらすじネタバレ・長谷川町子一家がモデルの朝ドラ!

2021年9月24日

ドラマ「マー姉ちゃん(まーねいちゃん)」の全話あらすじ・1話ごとのあらすじをネタバレでラストまでまとめました。マー姉ちゃんは1979年放送のNHKの朝ドラで、サザエさんの作者・長谷川町子を支えた姉・毬子が主役の物語です。

原作は1978年に描かれた長谷川町子さんのエッセイ漫画「サザエさんうちあけ話」です。ドラマは2021年9月~NHKBSで再放送されていて、国民的アニメの誕生話や名優の若い頃の姿が見れ、毎日明るいストーリーを楽しめます!

※ドラマ内で一家の苗字は長谷川ではなく「磯野」の設定です。また、再放送がまだの分は原作からあらすじをまとめたので、ドラマの設定と違う箇所がある可能性があります。

<出演者(敬称略)>

熊谷真実(磯野マリ子・長女)、田中裕子(磯野マチ子・次女)、平塚磨紀/早川里美(磯野ヨウ子・三女)、藤田弓子(磯野はる:三姉妹の母親)、二木てるみ(田畑千代:磯野家お手伝い)、大門正明(大和田高男:千代の夫)、前田吟(天海朝男:父の知人・漁師)、村田みゆき(戸田トミ子:マリ子の親友)、増田喜頓(牛尾一平:隣のお爺さん)、三国一朗(牛尾軍平:隣人)、新井みよ子(牛尾加津子:隣人)

河原崎長一郎(酒田大造:加津子の兄)、鈴木光枝(酒田ウメ:大造と加津子の母で大家さん)、小泉博(岩村:母の兄)、愛川鉄也(田河水泡・マチ子の師匠)、渡辺篤史(水泡の弟子)、フランキー堺(菊池寛)、田中健(東学・のちのマリ子の夫)他

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1. 福岡での女学生時代(1話~18話)

福岡に暮らす磯野マリ子(16才)(熊谷真実)は、1年前に大黒柱の父をなくし、母はる(藤田弓子)と2人の妹・マチ子(田中裕子)、ヨウ子(平塚磨紀)の女4人で暮らしていました。

年の近いマチ子とは日々喧嘩ばかりながらも絆は強く、それに加えお手伝いのお千代姉や、お隣さんの牛尾一家、女学校の親友・トミ子らに囲まれ、マリ子は楽しく元気に学生生活を過ごしていました。また、マリ子もマチ子も絵が得意で、マリ子は女学校卒業を控えた1934年の3月、新聞社の絵の展覧会で金賞を受賞します。

それから間もない父の一周忌の日、母は、娘たちの教育のためにこの春上京する決意を口にしました。千代の見合いと嫁入り、大宰府への卒業旅行、女学校卒業、お世話になった人へ挨拶など、慌ただしい日々を送り、半月あまりの後、マリ子と一家は博多駅で沢山の人々に見送られながら列車で福岡を出発しました。

<1話ごとのあらすじ>

第1週 (1・2・3・4・5・6話)9/27~10/2 放送分   マリ子が絵の展覧会で金賞を受賞

第2週 (7・8・9・10・11・12話)10/4~9 放送分   それぞれの門出

第3週 (13・14・15・16・17・18話)10/11~16 放送分 福岡との別れ

2. 東京での新生活(19話~)

上京した磯野家は上野近くの借家で新生活をスタートさせ、大家の酒田家親子や、出入りの江戸っ子気質の職人さんたちと交流を持ちます。

新学期が始まってマチ子とヨウ子は新しい学校に転入しましたが、マチ子はお嬢様学校に馴染めず元気がない様子です。一方マリ子は、母が見つけてきた有名画家の画塾に入ります。

<1話ごとのあらすじ>

第4週 (19・20・21・22・23・24話)10/18~23 放送分 東京での生活がスタート!

第5週 (25・26・27・28・29・30話)10/25~30 放送分 マリ子画塾に入る

■ 第6週 (31~36話)11/1~6 放送分

ある日、マチ子が何気なく「田河水泡(のらくろの作者)の弟子になりたい」と呟くと、母が姉・マリ子に指示し、マリ子とマチ子で荻窪にある田河(愛川鉄也)の家を訪ねました。

何とか家に通してもらえ、マチ子はスケッチックの作品を見せて弟子入りを志願しました。当時すでに”のらくろ”の大ヒットで売れっ子で多忙な田河でしたが、弟子入りを許可します。

田河は絵を批評するなどの指導は一切しませんでしたが、ユーモラスで遊び心あふれる先生と過ごす中で、マチ子は学びとるものが多くあり、また先生の紹介で少しずつマチ子の作品も雑誌に掲載されるようになります。

1936年、世間では2.26事件が起き情勢が変化している中、マチ子は高校卒業と同時に(当時は16才)、田河のすすめで住み込みの内弟子となりました。しかし、先生はよくかわいがってくれたのに、マチ子はホームシックで1年たたないうちに住み込みをやめ家に帰って来てしまいます。

3. 磯野家家計の危機!!

ふたたびマチ子も戻ってきて母娘4人で平和に暮らしていたある日、母が突然預金通帳を娘たちに見せ、「蓄えが尽きた」と告げました。母親は熱心なキリスト教徒で、お金はあるだけ喜捨してしまうという人だったのです。

マリ子はやむを得ず絵の勉強はやめ、生活のため挿絵の仕事を求めます。幸運なことに、遠いつてで菊池寛の小説の挿絵の仕事を得て、マリ子は新進の挿絵家として雑誌で特集され仕事が増えます。ただ、成人向け小説の挿絵の仕事に母が怒ったため、児童書の絵にシフトします。

世間では第二次世界大戦が開戦し、不穏な世の中になっていました。

4. マリ子の結婚

戦争後半になると、東京でも空襲が恐れられ、一家も床下に防空ごうを掘りました。

そんな中マリ子は、仕事で知り合った新聞社の東郷(田中健)に好意を寄せられ懇意になります。やがて婚約したものの、間もなく東郷に召集がかかり、離れ離れになります。そして出兵が決まったので二人は結婚し、東郷の出兵を見送りました。

仕事の都合上、マリ子は結婚後もこれまで通り母妹たちと一緒に暮らし続けていましたが、菊池寛の所に弟子入りさせていた三女・ヨウ子が病に伏してしまいます。

戦時下で東京の状況が日に日に悪化し、一家は疎開先を探し、マチ子が長野の学校で絵の先生の職に就くことになりました。しかしその矢先、福岡の地元の知り合いから声をかけられ、長野行きはとりやめ一家は福岡に帰郷することになりました。

5. 疎開のため帰郷

帰郷したマチ子は西日本新聞の絵画部に入り、マリ子は鹿児島で市長をしているおじを手伝いに行きました。

マチ子の仕事は紙不足のため終業時間が早く(昼~16時までの勤務)、仕事後は毎日ウキウキと帰宅し、自給自足のため家の畑を耕す日々を送りました。(あまりに嬉しそうに帰るので、男と待ち合わせしていると思われていた)仕事のため海でスケッチしていて憲兵にスパイ容疑で逮捕されるトラブルもありました。

その頃、マリ子の夫の戦地での逝去の報告が来ます。しかしマリ子は「絶対帰って来る」と言い張り信じませんでした。

福岡にも空襲が来るようになり、終戦を迎えます。

6. 戦後、「サザエさん」の誕生

終戦後、日本は米軍の占領下におかれました。ある夜、米兵数人がマリ子とマチ子だけの家を訪ねて来ました。襲われるに違いないと二人は震えあがりますが、意を決して表に出たマチ子は子供と間違われ、米兵から頭をなでられ菓子をもらうだけで済みました。(この後、怖さのあまり扉を閉めてなかなか家に入れてくれなかったマリ子に、マチ子は後年まで恨み事を言います)

戦争の翌年の昭和21年、マチ子はフクニチ新聞の夕刊紙でのマンガ連載の仕事を貰い、アルバイトのつもりで引き受け、「サザエさん」の連載が始まりました。なお、登場人物が海に関する名前なのは、病気から回復中の妹・ヨウ子に付き添い海辺を散歩しながら構想を練ったからです。

マンガのアイデアは本業の畑仕事の合間に考え、夜原稿を仕上げるという生活を送り、しばらく後マリ子とマチ子に東京での仕事のオファーが来たため、サザエさんは結婚させて連載は強引に終わりにしてしまいました。

7. 再び上京、出版社を設立

上京直前のタイミングで、母が「(家を売った金を原資にして)サザエさんを出版しろ」と言うので(時代もあり親の言うことは絶対という家だった)、マリ子とマチコは引っ越す前に、かわるがわる上京して出版手続きを進めました。

昭和21年末、一家は再び上京し世田谷で暮らし始めました。依頼を受け「続・サザエさん」の連載も再開することになりましたが、マチ子はサザエの夫・マスオの顔をすっかり忘れていたので、新聞社のバックナンバーを確認に行くしまつでした。

マリ子はというと、素人ながらも試行錯誤し苦労して”姉妹出版”という出版社を設立し、「サザエさん」の出版に漕ぎつけました。しかし本が横長の形だったため本屋から2万部すべて返品されてしまい、自宅庭に小屋を作って保管することになってしまいました。

しかしその後母の指示で借金までして更に2巻を出版し、マリ子が雇った大八車を率いて取次店に運ぶ苦労をした結果、2巻は返品されることなく、1巻もつられて注文が入り、さらにサザエさんが全国紙に引っ越したことで3巻は売り切れ増刷となりました。

8. マリ子の尽力(~156話・最終回)

有名出版社から「サザエさんをうちで出版しないか」と声もかかっても断り、ニセ本が出回ったり取次店に集金を踏み倒し逃げられたり苦労を重ねながらも、マリ子は姉妹出版の仕事に奮闘し続けました。

母の方は、突然相談もなしに、マチ子の夏の仕事場用として箱根に別荘を購入したりして娘たちを驚かせ、三女のヨウ子は、結婚し娘2人(マリ子とマチ子にとっての姪)を設けましたが、夫が早逝したため姓を元に戻し、マリ子・マチ子たちと同じ敷地内で暮らし続けました。

その後マチ子は、胃を患い入院し休載することはありながらも、家族のサポートを得て、サザエさんの連載を1974年まで続けました。

おわり

■再放送情報

2021年9月27日(月)~2022年3月 毎週月~土曜 BSプレミアム 7:15-7:30

全156回

■原作「サザエさんうちあけ話」と感想

ドラマの原作は1978年に朝日新聞で連載された内容をまとめた、エッセイ漫画です。この本自体は、お姉さんに特化した内容ではなく町子さん自身にまつわるエピソードが多く書かれています。

・印象的だったのは、町子さんは小学生の頃はクラスのガキ大将だったのが、上京して入った女学校で博多弁がおかしいと言われて友人が出来ず、そこから人見知りで人付き合いの悪いタイプになっていったということです。(とても内弁慶なタイプみたいです)

気難しい感じで表に出たがらない方だというの何となく耳にしたことがあったのですが、幼少期は違ったというのがとても意外でした。(子供の頃とガラっと変わってしまうことがあるのだな、と)

・家族みなのサポートあっての「サザエさん」だったんだなということが分かりました。昔の時代の漫画家は家族がサポートしている場合が多いのかもしれない、と思いました。(昔の巨匠の自伝を読むとそういうケースがあるので)

・サザエさんの新聞での連載開始は1946年なので75年も前になります。そんな昔に始まった漫画がいまもアニメで放映されているのは、ただただすごいなと思います。

・田中裕子さんはこの作品がデビュー作とのことで、演技派で有望だからキャスティングされたのかと思いましたが、見た目もあり選ばれたのかなと思いました。(毬子さんは目がパッチリめで、町子さんはシュっとした感じです。若い頃の町子さんの写真と田中裕子さんは少しだけですが似てる気がしました)

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■長谷川町子さんについて

[生]1920.1.30 佐賀 [没]1992.5.27 東京

漫画家。福岡から上京し漫画家を志して田河水泡の門に入る。1946年から『夕刊フクニチ』にて『サザエさん』を連載し、51年4月からは『朝日新聞』に連載の場が移される。以後、彼女の全作品は姉が主宰する姉妹社から刊行された。日本版『ブロンディ』ともいわれる『サザエさん』には、女の目から見た生活の細部のおかしさが生かされているが、ほかに『似たもの一家』『仲よし手帳』『いじわるばあさん』などがある。78年には自伝的な漫画『サザエさんうちあけばなし』を『朝日新聞』に連載した。82年文化功労者となり、没後に国民栄誉賞受賞。

(ブリタニカ国際大百科事典より)

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●不朽の名作~最新ものまで色々なドラマや読書を日々楽しんでします ●普段の仕事は会社員で文章を分かりやすくまとめる仕事をしていたことがあります ●東京在住

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