NHK朝ドラ「まーねえちゃん」の詳しいあらすじ109~114話(第19週分)をネタばれでまとめました。
昭和21年、マチ子は、元職場の新聞社から漫画連載の話をもらい、とうとう4コマ漫画「サザエさん」が誕生します。
■前回あらすじ
まーねえちゃん あらすじ103~108話【第18週】戦後の日々の暮らし
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まーねえちゃん109話 1/31日(月)放映 新しい漫画連載の話
昭和21年の春、病気のようこは療養院を退院し、かなり回復してどんどん元気になっていた。
その頃マチ子は、畑の肥料に使うバフンを手に入れることに熱心だった。
マチ子は毎日早朝、近くの道を通る馬の落とし物を拾いに行っていたのだが、その頃には争奪戦になっていて、見知らぬ誰かに先に取られてしまった日には憤慨しながら帰宅した。
マチ子は何としても競争相手に勝つために、日に日に起床時間を早め、外が暗い時間に目覚ましをかけるようになり、他の家族たちが寝不足になり迷惑がる状態になっていた。
そんな日々を過ごしていたある日、西日本新聞のマチ子の元上司・小田とマリ子の絵の師匠・石井がマチ子を訪ねて来た。
西日本新聞で、夕刊紙を発行する会社を設立することになり、夕刊に掲載する漫画をマチ子に描いてもらいたいとのことだった。
マチ子は、内容を一任してもらえること、修正する場合は必ず事前に知らせることを条件に引き受けることにした。
まーねえちゃん110話 2/1日(火)放映 「サザエさん」の誕生
夕刊紙の漫画の仕事を受けて以来マチ子は、ひたすら黙りこんだまま漫画の構想を考えつづける時間を送っていた。
イメージが浮かんだマチ子は、主人公の女性のイラストを描いてヨウ子に見せた。特徴的な髪型をした主人公の、明るくておっちょこちょいな性格という設定に、ヨウ子は「まー姉ちゃんみたい」と笑った。一方、当のマリ子は「まさか私が失敗した出来事を漫画に描く気?!」と恐れた。
マチ子が漫画の案を考えはじめてから、一気に家に活気と笑いが溢れた。
その後マチ子は、ヨウ子の散歩の付き添い海辺を歩きながら登場人物の名前を考え、サザエ、カツオ、ワカメ・・などと海にまつわる名前を付けた。
まーねえちゃん111話 2/2日(水)放映 三郷が満州から帰還
昭和21年5月、4コマ漫画「サザエさん」の連載がこの地域の夕刊紙上で始まった。磯野家の人々は、自分が漫画のネタにされやしないかと戦々恐々とし、マリ子の失敗が漫画にされてしまったこともあった。
明るくおっちょこちょいな主人公・サザエさんと家族が繰り広げるストーリーは、まだ戦後1年も経たない世の中で、お隣さんから新聞配達の少年まで多くの人々に明るい笑いを与えた。
そんなある日の夜、磯野家に訪問者があった。満州から引き揚げてきた元写真屋の三郷だった。(満州引き揚げの船は博多に帰港していた)
三郷は、家族ではなく見知らぬみちこという少女を連れていた。二人とも数か月風呂に入ることが出来ず真っ黒の状態で、少女は亡き父の骨が入っているという容器を大事そうに持っていた。
母・はるやマリ子たちは三郷たちを家に上げた。少女を風呂に入れている間に三郷に話を聞くと、少女とは帰って来る時ずっと一緒で知り合ったとのことで、以前マリ子から、磯野家の故郷が百道の海岸だと聞いていたので、ここに辿りつけたこのことだった。
三郷は、母はるに強く引き止められ、すぐ引き揚げ船に戻るつもりだったが磯野家に泊まることになった。風呂から上がりヨウ子の服を着させられたみちこは、当初の様子からは想像できないとても可愛らしい姿をしていた。
まーねえちゃん112話 2/3日(木)放映 満州から戻って来るまでのこと
マリ子たちは、お茶道具の棗(なつめ)の容器を出し、道子の父のお骨の容器として使うよう勧めた。道子は容器を受け取り、三郷と会った経緯を話してくれた。
敗戦で満州を追われ日本へ戻ろうと歩いている途中、父親が具合が悪く歩けなくなっている時に三郷に出会い、父が「娘を日本に連れていってくれ」と三郷に懇願すると、三郷は自分もふらふらなのに、3日間もの間父を背負って歩いてくれた、三郷に対してとても感謝していて、三郷がいなかったら生きて帰れなかった、という話だった。
道子は辛い出来事を思い出し、号泣してしまい、はるが優しくなぐさめた。
その晩三郷は、寝付くことが出来ず、母と妻、息子の姿を脳裏に描いた。
翌朝三郷は、磯野家の前の百道の浜にたたずんで海の向こうを見ていた。道子は朝食を済ませた後、ヨウ子とともに買い物に出かけた。マリ子は戻って来た三郷に「(三郷に貸した今着ている)その着物は、新八郎さんがいつ帰って来ても良いように仕立てておいたものだ」と話しかけた。
マチ子は連載中の「サザエさん」にも、引き揚げ者のことを題材にした話を描いた。
母はるは三郷に、磯野家で当分ゆっくり過ごして欲しいと声をかけたが、三郷は「北海道開拓団に応募てしたので出発する。のめのめと一人と生き延びた手前、それは出来ない」と断り、満州でのことを話した。
終戦直後、三郷のいた開拓団は、男性は他の家族と別々にされ三カ月過ぎ、三郷は収容所を脱走し100キロ以上の道のりを歩いて家族たちのいる所に辿り着いたが、誤った情報から皆集団自決してた、とのことだった。
道子の父の故郷が北海道とだということもあり、お骨を収めさせてやりたいので北海道に向けて出発すると決めた、と話した。
必要なものを買い揃え買い物から帰ってきた道子は、その年頃の少女らしい笑顔を取り戻していて、皆も明るい気持ちになった。
まーねえちゃん113話 2/4日(金)放映 三郷が北海道へ向け出発
三郷と道子は磯野家にもう1泊だけし、出発の日を迎えた。はるは道子に、用心のためにとお金を手渡した。
お千代に用意させた弁当を持たせ、ちょうど二人が家を出ようとした時、闇屋が訪ねて来て、マリ子は駅までの見送りに行けなくなってしまった。
機嫌を損ねたマリ子は、闇屋につっけんどんな態度を取り、依頼に対し高い画料を要求した。
闇屋が帰った後、虚しさを感じていたマリ子が「何か役に立つようなことをやりたい」とぼやくので、お千代が「マリ子お嬢さんには絵があるではないですが」とフォローしたが、マリ子は「今の日本では趣味で生きれない。現状では私の絵は趣味でしかない」と嘆いた。
そしてマリ子は突然「教会に行く」と言い出し、教会で花嫁の着付けのボランティアや結婚式のオルガンの伴奏をしたりした。そして帰宅後、教会で貰ってきた残りものの弁当を皆で美味しく食べた。
まーねえちゃん114話 2/5日(土)放映 東京からの仕事のオファー
半年が過ぎた昭和21年秋、サザエさんの連載は好評の中続いていた。一方その頃のマリ子は、洋裁の仕事を引き受け、慣れないながらも頑張っていた。
そんなある日、空襲の時世話をした森田さんという婦人とその夫が訪ねて来た。森田の夫は、戦後すぐは余裕がなくお礼に来るのが遅れてしまったことを詫び、マチ子の漫画の評判についても触れ、東京に引っ越すことになった事、いとこが出版関係の仕事をしていることを話した。
数日後の朝、いつものように朝刊の紙面を見たマチ子は、驚いて大声でマリ子を呼んだ。広告欄に陽談社の塚田の名前で「磯野マリ子と磯野マチ子に仕事を依頼したい」という内容が掲示されていたのだった。
マリ子とマチ子は「東京の出版社が私達を必要としている!」と大喜びし、手を取り合って踊り始めた。すると母はるも、つられてお千代とともに舞を舞い、再度の上京を口にし、マリ子は再び東京に行けることに絶叫して喜んだ。
まーねえちゃん109~114話 感想・裏話
・サザエさんをはじめ登場人物の名前は海辺で考えた、ということは原作エッセイにも書かれていましたが、本当の所は、主人公・サザエの名については、志賀直哉の小説「赤西蠣太」に出て来る女中・小江(さざえ)から名前をとったそうです。(登場人物の名前を海のもので統一するというのもこの小説を参考にしている)(工藤美代子著書「サザエさんと長谷川町子」より)
・のちに国民的漫画家になる長谷川町子さんが、その国民的大人気漫画を生み出す直前、肥料の収集に熱を入れていたというギャップが笑えました。
・114話最後の、一家の舞いのシーンが楽しかったです。115話の冒頭でもまだ少しその場面が出て来ますが、ヨウ子が手拍子を取りながら笑顔でいる様子が、素で笑っているように見えて、きっと楽しい現場だったのだろうな、と思えました。
・満州引き揚げの話が詳しく知りたい方は、漫画家のちばてつやさんのエッセイ漫画「ひねもすのたり日記」がおすすめです。ちばさんが6才の時、満州から引き揚げてきた時の話や、漫画家を目指す少年時代などが描かれています。
以下に簡単な概要をまとめてあります。本当に読む価値のある面白い本で、いつか朝ドラかその他ドラマでドラマ化して欲しい、と思っています。
「ひねもすのたり日記」|ちばてつやさんの半生記マンガ
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■次回あらすじ
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