おしんのモデルは?静岡の丸山さんら2名の実話が元【原作者著書よりまとめ】

2020年5月24日

おしんの作者、橋田寿賀子さんの本4冊から「おしん」の登場人物のモデルや設定について、裏話などをまとめました。(この記事の構成は、1.本4冊の概要紹介、2.おしんの裏話や元ネタについて、という構成です)

エッセイ3冊は、おしんの裏話や著者の子供時代~戦争の経験、独身時代の旅の話や結婚のきっかけなど書かれていて、著者がどういう方なのか知ることができます。
笑える箇所もあり、また自分にとっては刺さるワードもあり、楽しんで読めます。

ルポ「母たちの遺産」は、明治生まれの女性12人の人生の実体験をまとめた本で、おしんのモデルとなった”丸山静江さん”や”関東の農家に嫁いだ女性”の話もありました。
おしんの物語がどのようにして作られたのかが分かり、わずか少し前の時代の話として興味深く読めます。

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1. 橋田寿賀子さんの著書を紹介

まずは著書4冊について紹介します。

1. 恨みっこなしの老後


■その他の本屋さん


比較的最近(2018年2月)出版の本です。90代の橋田さんが、これまでのことや老後を送る上で思うことが書かれています
お年を召してからは飛鳥Ⅱの船旅を楽しみにしているそうです。旅に出るためと、寝たきりになってしまいできるだけ人に迷惑をかけないために、50代からはじめたスイミングを続け、食事・運動に気をつけているとのことです。

目次1章 いくつになっても体が資本
2章 転機は自分でつくる
3章 大切なのは、心まで貧しくしないこと
4章 自分が変われば、それで済む
5章 「持っていないもの」に縛られない
6章 早く子離れすることが、一番の愛情
7章 他人にはガラクタでも、自分には宝物
8章 かなしい出来事にも、良いことはついてくる
9章 使わないお金はないのと同じ
10章 「誰も恨まない老後」のための12箇条
11章 人生「二流」がちょうどいい

2. 旅といっしょに生きてきた

これまでの旅の思い出が書かれている本です。独身時代はユースホステルを利用し全国を旅して楽しんていて、その経験が脚本家の仕事にも生かされているそうです。

■その他の本屋さん
 

目次1章 旅はドラマ – 脚本にも生きている旅の記憶 –
2章 自立への旅 – 十代と二十代 –
3章 1年の200日を貧乏旅行 – 日本を知る、人を知る –
4章 夫婦と旅と – 忙しくても、見たいものを、行きたいところへ
5章 七十代からの支度 – 人生を豊かにするために –
6章 船の旅が一番! – 好奇心の赴くままに –
7章 旅と人生 – 旅も人生も過程が目的だから –

3. おしんの遺言


おしんの名前にちなんだ漢字12文字をテーマにしたメッセージが書かれています。

目次

1章 真 真心をこめて毎日を生きていますか?
2章 芯 揺るぎない芯を持っていますか?
3章 信 譲れない信念がありますか?
4章 親 親子の関係をわきまえていますか?
5章 心 心に鬼を飼っていませんか?
6章 深 深謝する気持ちを忘れていませんか?
7章 慎 慎みという女の武器を知っていますか?
8章 神 あなただけに見える神様がいますか?
9章 身 健康な身体を保つ努力をしていますか?
10章 伸 伸び縮みの人生を楽しんでいますか?
11章 辛 辛抱という名の灯りをともしていますか?
12章 新 新たな自分探しをしていますか?

4. 母たちの遺産

昭和55年(1980年)に「月刊主婦と生活」で連載された、母世代の女性の人生の体験談を書籍化したものです

本は本屋で売っていないので、私は国会図書館まで行って読んできました国会図書館では、”母たちの遺産”を閲覧するか “月刊主婦と生活”を館内パソコン画面でデジタル閲覧して読むことが出来ます。昭和55年3月号が丸山さんの話、4月号が農家嫁の方の話です

著者が、明治生まれの女性から貰った手紙がきっかけで(子供の頃米一俵で何度も奉公に出された後、女郎に売られ、そこから逃げてミシンを習い自立したという苦労の半生が書かれていた)、

一世代前のことなのに全く知らなかったと衝撃を受け、「何としてでも明治生まれの女性の生涯を描いて伝えたい」と体験談を募集、連載化した、という経緯です。

100通以上集まった中から、12人の人生について各回とも ①ご本人からの手紙 ②橋田さんと実際会っての対談 ③橋田さんの感想 の3パートで構成されています。

戦争で夫を亡くし女手一つで子供5人を育て上げた話、子供の頃から学校に行かず商売を手伝って来たなどの話の中、
おしんの物語の原型といえる話が2つありました。→ 次の項に詳しく書きます

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2. おしんや姑のモデル、裏話など

本にのっていたエピソードを以下にまとめました。

当初は企画が却下された

おしんの物語の構想をTBSの昼ドラマに提示するも却下され、NHKでも、暗くて華がない、と1回ボツになり、その後3年位たってようやく日の目を見た。

おしんの生まれ年の設定の理由

昭和天皇の時代を書きたかったから天皇と同じ1901年生まれの設定にした。

おしんで書きたかったこと

日本人はもうこれ以上、経済的に豊かにならなくてもいいのでは、身の丈に合った幸せを考えてみては」ということを伝えたかったそうです。

しかし、その後バブル到来でメッセージは伝わなかったと感じ、その後不況になった後の方が、再放送を見た若い方から共感の手紙を沢山もらうようになり、ようやく救われた気持ちになったそうです

おしんのモデル(実話)

最上川を下って奉公に出るシーン

終戦当時、著者は食べ物を求め山形にいた親戚を頼り一か月位お世話になっていて、その時地元の方から聞いた「昔この辺りで奉公に出る子供が筏に乗せられて最上川を下っていた」という話から、おしんが最上川を下るシーンをイメージしたそうです。

(話がとても心に残り、会社員になった20代の時、最上川の上流から酒田までバスや列車を使って移動して旅行したこともあるそうです。)

敗戦で東京がひどい状態だった中、訪れた山形は実りの秋で自然がとても美しく食べ物も沢山あり、著者は敗戦のショックから救われた気持ちになったそうです。著者にとって印象的な地である山形を、物語の舞台として選んだようです。

おしんのモデル(ルポ”母たちの遺産”より)

<1. 静岡県の丸山静江さん>

静岡在住の丸山静江さん(現在は故人)がおしんの物語のモデルであることは世に知れていますが、本を読み確認したところ以下の点がドラマの設定に重なっていました。

子沢山の百姓の家に育ち6才で奉公に出た。静岡ではあるが当時は雪が積もる地域で、冷たい川でおしめを洗いなおすよう命じられ、辛くて奉公先を逃げた

近くの親戚の家の兄さんがやさしく家に迎え入れてくれ春まで過ごした。家に帰った後は父に蔵に半日閉じ込められた。杉を背負って植えた

■その後も複数奉公に出て、川を筏に乗り向かったことも赤ちゃんをおぶりながら小学校に通うことが出来た

■叔母の紹介で上京し髪結いとして見習い師事の後独立し、色町の女性の出髪をした。収入が良くなると実家の父と兄から金を無心され送金した

■客先の女店主の紹介で、洋服商の男性と結婚。夫は武士の名家出身で身の回りの世話をするじいやがいた。じいやはとても良い人だった。

夫の仕入れたラシャ生地が裁けなくなり露店で売った。その時仁義の切り方も覚えた。

親のいない9歳の女の子を紹介され、不憫なので50円で引き取り養子にした

■故郷のダムの近くに飯屋を開き狙い通り繁盛。その後も次々と商売を興した。養子の娘は結婚後、家族皆で家業を手伝ってくれている。

<2. 関東の農家に嫁いだ女性>

橋田さんはエッセイで「姑の設定は、色々な人から聞いた話や自分の姑に言われたセリフも生かしている」と言っていたので、あ~そうなんだ と思っていたのですが、

「母たちの遺産」を読むと、関東の農家に嫁いだ女性の話が、まんまおしん佐賀編の話のベースとなっていることが分かりました

たぶんご本人の置かれた状況を考慮して、この方がモデルの1人であることを全面に出さないようにしたのではないかと思います。

(体験がドラマの内容より更に過酷なのと(私なんか読んだだけで気が遠のきそうだった)、当時はお姑さんが健在で体験談の投稿を3か月も迷ったそうです)

 

以下にドラマの設定と重なる点を挙げます。

■結婚後しばらくして赤子の長男と共に、農家である夫の実家に同居することに。(年の離れた弟妹達も同居)

他人である自分と長男、労働力にならない祖母は、食事の時は庭に出て待ち皆が終わったら食べる。(食べ物はあまり残ってない)おかわりと思っておひつに手を触れると、舅が咳払したり姑が「牛か豚の生まれ変わりだろう」と嫌味を言う。

夫が自分が貰った餅を私にくれようとしたが、義母が私の手から餅をもぎとり、もう夫にもくれなくなった。

■井戸で水汲みをする時長男を背負っているので井戸に落ちそうなので、夫が手伝うと、姑が「この鼻たらし(妻を甘やかしている)」と夫を罵倒、以来夫は皆の前で自分をかばわなくなり罵倒するようになった

■姑はとても働き者で、農作業に慣れない自分達の働きについて「お前らの仕事は目から血が出る」とこきおろす。姑の足音を聞くだけで恐怖、気に入られるよう一生懸命働いた。

第2子出産時は誰も見に来ず一人で産んだ。娘は産後すぐに他界。(また出産時は不浄だからとふとんを敷くことを許されなかったが、3か月後義理の妹の里帰り出産ではふとんで産んでいた)

実際はより壮絶な状態を経験されていて、その辺りでそれが通常だったようで、わずか少し前の時代にこんなことが・・と思うような内容でした。

※ストーリーの中で、姑きよが竜三とおしんに内緒で、実娘や孫たちに”ぜんざい”を振る舞うというシーンは、この方の体験を元にしていました。

竜三が佐賀出身の理由

おしんの夫・竜三の出身地を佐賀にしたのには、”葉隠精神”を持つ男にしたかったから、という理由があるそうです。(葉隠:肥前の武士の心得を書いた江戸時代の書物

竜三は戦争の時、軍に魚を納めるようなったことで戦時下でも周囲より余裕のある暮らしぶりを保ち(大きなお屋敷に転居もした)、隣組の組長をしていたことから少年兵を説得し戦地へと送り出すこともしていたのですが、

終戦後そのことを悔い自ら命を絶つという展開になっています。

橋田さん自身も大学生の頃戦争を体験し、終戦前の半年は海軍経理部で働いていて、終戦後、戦犯以外にも戦争に協力した人は(自分も含め)沢山いたのに、そのことについて何の責任も感じていない人を沢山見たそうです。

物資を横流しし闇市で売って大金持ちになった将校もいた、といったことも耳に入ってきた)

そういったことから「戦争に協力したことに対し責任を取る人間がいてもいいのでは」と描いたのが竜三で、戦争は国民ひとりひとりに責任があるのだということを描きたかったそうです。

→当時を知らない世代の者からすると、竜三はおしんと子供を残して勝手に世を去ってしまい何て無責任な奴だ、と感じさせるストーリー展開ですが、経験者ならではの思いによる設定なのだということを知りました。

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